人に知られないようにひそかにする善行【陰徳】
「陰徳」って言葉、聞いたことありますでしょうか?辞書で調べると以下のように出てくる。
「人に知られないようにひそかにする善行。隠れた、よい行い。」
日本人独特かも知れんけど、このような行為に感動し、こんなことが出来る大人になりたいな~とつくづく感じる。多くの人は、自分がした行いを褒めてもらったり、認めてもらったりしてもらいたいもんやと思う。しかし、この行為はそれとは、真逆である。
日本にはこういう事を「美しい」と感じる文化が昔からあったんやろうと思う。人知れず、世のため人のために善行を積み重ねてる人に感動するのは、僕だけじゃないだろうと感じる。多くの人が、そんな行為や、その行動を継続している人を見ると、「凄いな~」とか「見習いたいな~」と感じるんやと思う。中には、「あんな無駄なこと、何のためにやってるねん!何も得せえんのに。」みたいに思ったりして、少しバカにしたような眼差しで見る人もいるかも知れない。けど、そういう風に見る人は一部なんやと思う。大概の人は、応援したり、支援したくなるんやと思う。
誰から指示される訳でもなく、公園や道路を掃除する人、バラバラになってる履き物を揃える人、目の前にあるゴミを拾う人、早く出勤してみんなのために準備する人、乱雑に置かれた自転車を綺麗に並べる人、他にもいろんなことがあるけど、その人は決して何か見返りを求めてそういう行為をやってるわけではなく、今まで生きてきた経験や自分の理想から自然とそういう行為をしてるんやと思う。そして、その小さい積み重ねは、周りの人を幸せにする。そのうち、自分にも必ずその幸せが返ってくる。世の中ってこんな風に回ってるんやと真に思う。
「損得」で判断し、自分の得にならないことは、出来るだけせんように、自分にメリットのあることを優先するような風潮が多い現代社会やけど、元々本来の日本はそんなんじゃなかったんやと思う。周りの人や家族と一緒に生きる中で、その人達とどんな風にしたらうまくいくか、お互い幸せになるかと考えて行動してたのが、元々の日本やったように思う。いつの間にか、今のように、「自分は自分、他人は他人」みたいな風潮になってしまった。どうなんやろう?と思う。
こんな時代やからこそ、「陰徳」を大切にしたい。他人や周りに認められなくても、自分が「素敵」とか、「世の中の役に立つ」と思うことを他人の評価を期待せずやり続けることって、何と言うか、ほんまに格好良く感じる。僕もそんな人を何人か知ってるけど、やっぱり格好いい!!出来れば、そんな人のように、年を取りたいとほんまに思う。自分の欲求を追いかけるのが悪いことじゃないけど、周りのお役に立つことを自分の見返りを求めず、笑顔でやり続けてる人って、ほんまに輝いてて、いつか自分自身もそこに近づきたいと本気で思う。
「陰徳」を積み上げながら、魅力があって、しっかりとした含蓄のある大人を目指し歩んでいく。そういう風に年を積み重ねていきたい。